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山本 恵理パラパワーリフティング!学歴やパラ水泳からの転身でメダルを

アスリート
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山本恵理さんは、パラパワーリフティングの選手です。

パラパワーリフティングは、下肢障がいの選手によるベンチプレス。

障がいレベルのクラス分けはなく、

体重別(男女各10階級)に分かれてそれぞれのパワーを競います。

選手はベンチに横たわり脚を伸ばしたポジションで競技を行い

ラックからバーベルを外した状態で静止した後、

審判の合図とともに胸まで下ろし、再びバーベルを上げる。

これが1回の試技。床に足を着けて行うのではなく、

延長されたベンチプレス台の上に足を乗せて行うのが特徴です。

そんなパワーリフティング選手、

山本選手について、調べてみました!

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山本 恵理の学歴は?経歴からの紹介

プロフィール

・名前

山本 恵理

・ニックネーム

マック

・生年月日

1983.05.17

36歳(2019年12月時点)

・身長

137 センチ

・体重

54キロ

・出身地

兵庫県 神戸市

・所属

日本財団パラリンピックサポートセンター

・クラス

パワーリフティング

女子55㎏級

主な成績

2017年

FAZZAワールドカップドバイ大会 女子55kg級 6位 

2018年

ボゴタ2018アメリカ選手権 女子55kg級 6位

2019年

全日本選手権 女子55kg級 1位 ※日本記録59㎏樹立

2019年

ヌルスルタン世界選手権(カザフスタン)女子55kg級 12位

山本選手の出身校などは、

調べても分かりませんでした。

その他の経歴

先天性の二分脊椎症により、生まれつき足が不自由。

9歳から水泳に取り組みパラリンピックを夢みますが、怪我のため断念。

29歳のときに留学先のカナダでパラアイスホッケーに出会い、

強豪のカナダ代表選手らとプレーする。

大学院で障がい者スポーツを学び、

自国開催の東京2020パラリンピックに関わる

仕事をするために32歳で帰国。

2015年、日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)

職員になります。

メンタルトレーナーや通訳としてパラアスリートを支えていましたが、

2016年の5月、

東京都主催のパラリンピック体験プログラム「NO LIMITS CHALLENGE」で

初めてパワーリフティングを体験し、

思いがけず才能があり、

「もう一度、夢を追いかけよう」と決意。

選手として東京パラリンピックを目指すことになりました。

山本 恵理のパラ水泳・アイスホッケーとパワーリフティングへの転身

生まれつき障がいがあった山本恵理さんは

9歳からパラリンピックを目指し水泳をやっていました。

高校でも水泳だけ、朝から晩まで毎日泳いでいたそうです。

ですが怪我をしてしまいます。

もともと障がいがあることで脚の感覚がなく、

プールサイドの熱いコンクリートの上に座ってやけどをして

それで水泳を断念せざるを得なくなってしまいます。

その後、

大学院の時にカナダに留学した初日にパラアイスホッケーに誘われます。

やってみた所、

持ち前の身体能力で、すぐにカナダの女子代表に選ばれて2年間やります。

そして、そのあとなぜパワーリフティングを始めるのかと言うと、

2015年の5月に東京都がやっていたNo Limitチャレンジっていう体験会で

そこに仕事の関係で視察に行ったのがきっかけでした。

同僚と見ていたそうなのですが、

上司から「やってみたら?」

と言われやったところ、持ち上げたのが40㎏!

女性で初心者で40キロを上げるのはかなり凄いことで、

最初30㎏上げて、そのあと40㎏上げたときに

「やらない?」と言ってくれたのがきっかけでパワーリフティングを

始めたそうなんです!

山本選手は、自分では運動神経がないと思っているらしく、

単純な作業の事の方が得意だといいます。

水泳もかくだけ、パラパワーリフティングもあげるだけ、

と。

じゅーーぶん凄いと思うんですけどね!(笑)

トップレベルに身を置いていた山本選手からすると、

運動神経良くないと思ったんでしょうかね。

まとめ

・現在36歳

・先天性の二分脊髄症のため足が不自由

・9歳の頃からパラリンピック目指し水泳をしていた

・怪我で水泳を諦める

・カナダに留学しアイスホッケーをやる

・その後パワーリフティングで才能を発揮し

東京パラリンピックを目指し日々トレーニングをしている

という事がわかりました。

様々なスポーツを経てパワーリフティングにたどり着いた

山本選手。

東京パラリンピックに出場し

メダルを取る姿が見たいです!!

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