スポンサーリンク

西崎哲男パラパワーリフティングで自己記録の更新を目指してメダルを取る

アスリート
スポンサーリンク

西崎哲男さんは、

日本を代表する、パワーリフティングの選手です!

パラパワーリフティングとは、

下肢障がいの選手によるベンチプレス。

障がいレベルのクラス分けはなく、

体重別(男女各10階級)に分かれてそれぞれのパワーを競う。

選手はベンチに横たわり脚を伸ばしたポジションで競技を行う。

ラックからバーベルを外した状態で静止した後、

審判の合図とともに胸まで下ろし、再びバーベルを上げる。

これが1回の試技。床に足を着けて行うのではなく、

延長されたベンチプレス台の上に足を乗せて行うのが特徴。

そんなパラパワーリフティングで、

リオデジャネイロパラリンピックにも出場した事のある

西崎哲男さんについて、調べてみました!

スポンサーリンク

西崎哲男パラパワーリフティングで自己記録の更新を目指して東京でメダルを目指す

西崎哲男選手は136キロの日本記録を持っていました。

ですが、

リオデジャネイロパラリンピックでは、メダルも入賞も出来ない

散々な結果となってしまったそうです…。

パラリンピックに出場できるのは、

各階級の世界ランキング8位までと、

バイパルタイト

(救済枠=9位以降の選手を対象に国際パラリンピック委員会が認定する出場枠)

2名の計10名のみの狭き門のため、

2016年リオデジャネイロ・パラリンピックに出場した日本人選手は

88キロ級の大堂秀樹(おおどうひでき)選手と、

54キロ級の西崎選手

49キロ級の三浦浩選手の3人だけでした。

大堂選手は8位、三浦選手は5位入賞と結果を残しましたが

西崎哲男選手は予選敗退でした。

第1試技で安全圏内の127キロを選びましたが、まさかの失敗。

結局、3回の試技全て失敗に終わってしまいます。

本人も、127キロが挙がらないなんて普段はあり得ない。

焦りや気負いが生まれていたんだと思います

とコメントを残しています。

日本記録を持っていて期待されていただけに、

本人もかなり悔しく、次の東京パラリンピックでは、

メダルのみ目指し、日々激しいトレーニングや練習に

取り組んでいるそうです!

メンタルの維持も大変だと思いますが、

次こそメダル目指し頑張って貰いたいです!!

西崎哲男の経歴とプロフィール

プロフィール

・名前

西崎哲男(にしざきてつお)

・ニックネーム

てっちゃん

生年月日

1977.04.26

42歳(2019年12月時点)

・身長

165 センチ

・体重

54キロ

・出身地

奈良県 吉野郡

・所属

乃村工藝社

・クラス

パワーリフティング

54㎏級

主な成績

2014年

西日本障害者パワーリフティング選手権大会

男子54kg級 1位(131kg)

2014年

インチョン2014アジアパラ競技大会(韓国)

男子54kg級 6位(123kg)

2015年

全日本障害者パワーリフティング選手権大会

男子54kg級 1位(133kg)

2015年

パワーリフティング・アジアオープンチャンピオンシップ(カザフスタン)

男子54kg級 6位(123kg)

2015年

西日本パラ・パワーリフティング選手権大会

男子54kg級 1位(127kg)

2016年

パラ・パワーリフティングジャパンカップ

男子54kg級 1位(136kg) ※日本新記録

2016年

全日本パラ・パワーリフティング選手権大会

男子54kg級 1位(127kg)

2017年

FAZZAワールドカップ(ドバイ)

男子54kg級 3位(124 kg)

2017年

パラ・パワーリフティングジャパンカップ

男子54kg級 1位(135kg)

2019年

ヌルスルタン世界選手権(カザフスタン)

男子54kg級 8位(137kg) ※入賞

西崎哲男選手は、

奈良県天川村で3人きょうだいの末っ子として生まれました。

小・中学時代は野球、高校ではレスリングをやっていて、

レスリングでは近畿大会で優勝したこともあるそうです。

そんな普通の男の子だった西崎哲男選手は、

高校卒業と同時に運送会社に就職しました。

その後、2001年、23歳の時。

10トントラックで北陸自動車道を走っていた時、

スピードにハンドルを取られ、坂を真っ逆さまに転げ落ち、

運転席もキャビンもぺしゃんこで、

救急隊は無残な残骸を見て運転手はもう助からないと判断したそう。

でも西崎哲男選手は車外に投げ出されていたため、九死に一生を得ました。

事故から1週間後、下半身が動かないのを意識しながらも、

医師にいつ退院できるのか聞くと、「自分の足で歩くのは難しい」と告げられてしまいます。

24歳の誕生日の日に脊髄損傷、車いす生活を宣告されたそうです。

不安で未来が見えず、一週間泣き続けたそうです。

ですがその後、

退院してすぐに大阪の障害者スポーツセンターで

車いす陸上(400メートル)を始めました。

運送会社の社長からは、

「障害者でも税金をきちんと払う人生を送れ」とハッパを掛けられ

猛勉強の末、大阪市の公務員試験に受かり、生活も安定しました。

同時に陸上も続け、

2008年北京パラリンピックを目指したものの、

あと一歩でかないませんでした。

ですがプライベートの方は、5年間の不妊治療の末に

娘を授かり娘との時間を優先するために

スポーツからは距離をとります。

しかし、東京オリンピックパラリンピック開催が決まった時

アスリート本能が目覚めてしまいます。

家族の後押しもあり、

レスリングや陸上でも筋トレでなじんでいた

ベンチプレス=パワーリフティングに新たに挑むことに決め

そして公務員を辞め、

日本オリンピック委員会(JOC)の紹介で

14年11月乃村工藝社(本社・東京)に入社。

そこからパワーリフティングの

激しいトレーニングが始まったのです。

まとめ

・スポーツが好きな普通の少年だった

・就職して、23歳の時トラック事故で脊髄損傷で車椅子に

・陸上をやるものの、パラリンピックには届かなかった

・5年間の不妊治療の末に娘を授かる

・東京パラリンピック開催でまたアスリート本能が目覚める

・慣れ親しんだパワーリフティングで東京パラリンピックを目指す

と言う事がわかりました。

記録を持つ西崎哲男さんが、本来の力を出せれば

メダルも届くはずです…!!

東京パラリンピックでは、本領発揮して欲しいですね!

コメント