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櫻田 厚社長の年収は?出身校や経歴は?経営哲学は?

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モスフード創業者、櫻田 慧(さくらだ さとし)氏の甥、櫻田 厚(さくらだ あつし)氏。

叔父からモスフードを受け継ぎ、社長になるまでの道のりは消して楽なものではありませんでした。

大量に作ったものを大量に取り置きし、大量に売るスタイルはとらずに、一つひとつ心を込めて作品を作る。


「商品を作る」ではなく「作品を作る」という創業当時から変わらぬ姿勢をつらぬき、食に携わる者として、心から人を幸せにしたいと願う櫻田 厚氏について調べてみました!

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櫻田 厚モスフード社長の経営哲学は?

前・社長の櫻田 慧氏は自然の三要素である「山(Mountain)海(Ocean)太陽(Sun)の頭文字を取って「MOS」という名前を作りました。

それは「自然はとても大きいけれど、人間社会は小さい。だから人間の都合で自然を壊してはならない」という思いがあるからです。

また、たとえ大きな企業になったとしても「人と人が心から信頼し合える集団をつくりたい」と常々言っていた前・社長。

その想いも引き継ぎ、櫻田 厚氏はお店に来られるお客さまだけを大事にするのではなく、地域社会の中にお店があるのだという考えをもって経営されていると語っておられました。

櫻田 厚氏がアルバイトとしてモスフードに参画した際は、月に540〜550時間は働いていたそうです。

一日約18時間!若かったとはいえ、相当な努力家ですよね。

今の時代なら考えられない労働時間数です。

それでも「1年で店長になってやる」という強い意志を持って仕事に励んでいたそうです。

当時社長であった叔父のコネを使う事なく、コツコツとやり抜いた櫻田 厚氏は、従業員の苦労や悩みも分かってあげられる社長なのではないかと思います。

2代目のボンボン社長かと思いきや、大変な苦労と努力をされた方なんですね。

櫻田厚社長の出身校と家族をwiki風プロフ紹介

名前 : 櫻田 厚(さくらだ あつし)

生年月日 : 1951年1月19日

出身 : 東京都大田区

出身校 : 東京都立羽田高等学校

少年時代は何不自由なく、生活を送っていましたが櫻田 厚氏が高校2年生の時に父親が他界。

家計を支える為に大学進学を諦め、皿洗いや喫茶店のウェイターなど、20種類以上のアルバイトを経験されました。

高校を卒業し、広告代理店に就職。

その後、1972年の21歳の時に叔父の櫻田慧さんに誘われ、モスフードの創業に参画しました。

櫻田 厚さんは、創業者の甥っ子でありながらもモスバーガー1号店でアルバイトからのスタート。

23歳の時にフランチャイズ店のオーナーとなりましたが、経営がうまくいかずに店を手放す事に。

「大卒には負けない」という想いをバネに、再出発をはかるべく経営学を学びました。

その後、アルバイトから店長、そして1998年には叔父から社長の座を受け継ぎました。

経営者になっても、社員と一対一の関係をとる事を大切にし「正しいことを言っても嫌われるような人間にはなるな。あなたの話を聞きたいと思われる人間になれ」という事が経営者に不可欠な条件だと語っておられました。

櫻田 厚モスフード社長の年収はどのぐらい?

モスフードは一部上場企業なのですが、その企業の社長の年収はいくらくらいなのか?を調べてみました。

結果としては、細かい所までは分からなかったのですが「一部上場企業の会社役員」だからといって、ものすのくお金持ち!といった事はないみたいです。

ちょっと意外でした…。

だいたいの予想ですが、櫻田 厚氏の年収は5.000万円あるかないかくらいだと思われます。

自社株なんかを合わせたら、もうちょっとあるかとは思いますが。

上場企業とはいえ、業種によって利益率は違ってくるので全ての社長さんが何億円も貰っている訳じゃないようですね。

モスバーガーといえば、高級本物路線の一大ブランドです。

日本で生まれたモスバーガーは、海外でも新しくチャレンジをし、進化しています。

食を通じて人を幸せにすることをモットーにされているモスフード会社は、私たち消費者にとっては嬉しい気持ちになりますよね。

時代や地域に合った商品を開発し、今まで以上にモスフードが躍進していく事を願っています!

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