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荒井広宙(競歩)のwikiプロフと自衛隊からの移籍!五輪メダルは?

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荒井広宙選手は、リオデジャネイロオリンピックで男子50キロ競歩の銅メダリスト。

日本競歩界初のメダリストではたい荒井広宙さんは自衛隊体育学校出身です。

2019年1月に富士通陸上部に移籍されたのですが、その理由や荒井広宙選手のプロフィールなどを調べてみました!

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荒井広宙(競歩)のwiki風プロフィール

名前:荒井広宙(あらい ひろおき)

生年月日:1988年5月18日

出身:長野県上高井郡小布施町

身長:180cm

体重:62キロ

所属:自衛隊体育学校→富士通

学歴:中野実業高校、福井工業大学

競歩を始めたのは高校2年の時だったそうで、遅めのスタートですね。

大学卒業後は石川県で民間ホテルに就職され、働きながら競歩を続け、2011年の世界陸上競技選手権大会・50km競歩に出場!

しかし、その時ロンドンオリンピック出場圏内にいたのですが、残念ながらオリンピック出場には至りませんでした。

2013年に自衛隊体育学校に所属。

自衛隊所属といっても、他の一般の自衛官とは違い、災害派遣・演習訓練などは免除されています。

競技に専念できる環境が整っており、競歩以外にもボクシング、アーチェリー、ウエイトリフティング、クロスカントリースキーなど冬季種目も合わせて13種の競技から編成されています。

そんな自衛隊体育学校でトレーニングに専念されていました。

そして2015年、世界陸上競技選手権大会50km競歩で4位入賞をきっかけに、リオデジャネイロオリンピック50km競歩日本代表に選出!

リオデジャネイロオリンピックで3位でゴールインしましたが、レース終盤で「カナダの選手と荒井広宙選手の腕と肩付近が接触した」とカナダチームが抗議。

その抗議が認められてしまい、反則行為として
荒井選手は失格となる結果に…。

しかし、日本陸上競技連盟側が処分を不服とし、上訴。

その結果、国際陸上競技連盟により結果が一転し、荒井広宙選手は日本競歩界初の銅メダルを獲得しました!

荒井広宙の自衛隊体育学校から富士通への移籍は?

自衛隊には自衛隊体育学校というものがあり、「部隊等における体育指導者の育成」、「オリンピック等国際級選手の育成」、「体育に関する調査研究」の使命を掲げています。

選手である「学生」は日々の練習に取り組んでいます。

設備も整っており、選手にとっては理想的な環境といえるのですが、成績が振るわない選手には依願退職が命じられることも…。

荒井選手は2013年から自衛隊体育学校に所属しており、結果を出す事が求められる場所でストイックにトレーニングを続けていたのですね。

そんな中、2019年に自衛隊体育学校を退職され、富士通陸上部に移籍。

環境も設備も整っていた自衛隊体育学校を去ったのはなぜなのでしょうか。

荒井広宙選手は「自衛隊体育学校はパーフェクトな環境でやらせてもらい、もったいないと思いましたが何かが足りないと思ったら指導者でした」と語っておられました。

富士通には、日本陸連の競歩の強化を担っている今村文男さんがコーチをされており、荒井広宙選手自ら願い出て今村文男さんに「弟子入り」したそうです。

今村文男さんとは日本代表の合宿などで交流を深めていたので10年近い関係がありました。

以前から指導の仕方や性格の相性などに魅力を感じていたので、今村文男さんを追いかけての移籍という事ですね。

念願の今村文男さんがコーチとなり「今までは断続的な指導でしたが、これからは継続的になる」「歩型や持久力、戦術、補給の仕方など、新しいことを取り入れてやってみたい」と前向きに語っておられました。

荒井広宙のオリンピックメダルの可能性は?

富士通に移籍し「2020年の東京五輪で2度目のメダルを取れるよう頑張る」と抱負を語った荒井広宙選手。

日本陸連は、2019年9月にドーハで開催させる世界選手権で、競歩の男子20キロ、同50キロ、女子20キロで3位以内に入った最上位選手を東京オリンピック代表に決めると発表しました。

東京オリンピックに向けて今村文男さんの指導を受ける事を決意され、本格的に活動されている荒井広宙選手は31歳。

リオデジャネイロオリンピックに続き東京オリンピックでのメダル獲得に向け、大きな怪我などなくトレーニングに励んでもらいたいです!

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